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 こぶたぶろぐ。

140文字からはみだしたもの

俺のドラゴンクエスト。

日常

こんにちは。
こぶたけんしです。

 

今日はドラクエ10の話題は、ほぼありません。ドラクエシリーズをほぼリアルタイムでプレイし続けているぼくの思い出話にむりくり付き合っていただく、攻略でも日記でもなんでもない、超個人的な「想い入れ」の話です。

 

先日ハルさんとTwitterで「ドラクエのナンバリングタイトルを自分の中でランキングすると、どんな順位になるか?」という旨の会話がありました。そんなの、子供が遊びで話す「スタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強い?」そのレベルで考えればよかったのですが・・・

このとおり。

順番つけるのまぢむり…マリカしょ…

 

そんでもって、上記ツイートに対するハルさんの返しがコレ。

お、おう・・・

 

書きましょう。

 

 

ドラゴンクエスト

「想像力をくれたドラクエ

 

発売された頃は、アクション、シューティングゲームの全盛期でした。ぼくはまだRPGなんて言葉すら知らなかったというか、そんなジャンルのゲームがなかった時代です(厳密に言うとあったんでしょうけど、そこは突っ込まないように)。その日も学校から帰宅したぼくは、影の伝説でもしようぜひゃっふーなんて言いながら近所のトモくんの家に遊びに行ったんだと思います。

 

しかし、ぼくはその日、影の伝説をしませんでした。トモくんにはかなり年の離れたお兄さんがいて、お兄さんが「ドラゴンクエスト」をプレイしていたのです。第一印象は、「なんだか退屈そうなゲームだなぁ・・・」だったのですが、お兄さんにやりかたを教えてもらい、すぐに夢中になりました。

 

王様が自分の名前を呼んでくれる!すごい!それだけで、すごい宝物を発見をしたような気持ちになったことを覚えています。レベルが上がり、ホイミを覚えただけで無敵になったような気持ちにもなれました。もうそこまで行けば自分用がほしくなるじゃないですか。ふっかつのじゅもんがあれば、すぐに自分の家で続きができますし。つまり、おじいちゃんにおねだり待ったなしでした。

 

ここでやっと本題。「想像力をくれた」の「想像力」についてお話します。最初のドラクエって、たとえば攻撃を受けたり、呪文を唱えたりしても、効果音と画面がゆれたり光ったりするだけで、特にモンスターが動くわけでもないし、炎が出るわけでもない。派手なエフェクトなんてなかったのですよね。でも、画面の前にいるぼくには、あくまのきしには実際オノで攻撃されて恐怖だったし、ギラを唱えたらそこにはたしかに「熱」がありました。敵の攻撃を食らって、思わず「いてっ!」とか「熱っ!」と叫んでしまい、母親に笑われたりしたものです。もちろん「ゆうべはおたのしみでしたね」のテキストは、少年の好奇心と想像力を刺激するには十分な破壊力がありました。そういえば、今思えば、おうじょのあいを使うたびに告白されるとか、なんというリア充!ウオオ、爆破しろ!

 

それだけじゃあありません。ご先祖のロトって、どれだけ強かったんだろう(少年はすぐに強い弱いで考える)。ガライってどんな人物だったんだろう。ほこらでぼくを待っていた賢者はどんな人生を歩んできたんだろう。てか、アレフガルドの住民は学校がなくていいな・・・宿題のない世界・・・いいな・・・と、こぶた少年の想像力はこのあたりでずいぶん鍛えられたのではないか、と、今にして思うのです。後付かもしれませんけどね。

 

そうそう、トモくんのお兄さんに、「ホイミを覚えたら、光あれのおじいさんに話しかければ宿屋に泊まらなくてもいいんだよ」と教えてもらった時は、なんてアタマのいいお兄さんなんだ!大学生すごい!と、本気で尊敬しました。なので、1はぼくに想像力をくれたゲームなのです。

 

はい、最初からこんな長文だと10まで持たないので、2からは端的に行きます。

 

 

ドラゴンクエスト2

「困難に立ち向かうドラクエ」 

 

 続編の発売決定を知り、またまたおじいちゃんにおねだりをして、発売日に買ってもらったのです。ふふふ。いやしかし、2は難しかったですね。1と同じ感覚で挑んでいるとあっと言う間に全滅しますし、ザラキメガンテを唱える敵もたくさんいますし、サマルトリアの王子はすぐ死ぬし・・・それに、いまのドラクエのように重要アイテムが落ちているところがキラキラしているなどの視覚的ヒントもなかったので、太陽の紋章やあまつゆの糸など、1マスずつ動いて「しらべる」をしたんですよね。当時はそれが普通だったのですが、今となっては苦行でしかないですね。

 

苦行といえば、ふっかつのじゅもんの長さもありますね。長すぎる上に、フォントの判別がつきづらいのでよく「ふっかつのじゅもんがちがいます」と出て、絶望したものです。それでもめげずに1回前のふっかつのじゅもんからリスタートしてがんばりました。「ぬ」と「め」をゆるしてはならない。

 

 そんな苦行なドラクエ2ですが、その困難を突破できた時のよろこびもまたひとしおでして、長い長いダンジョンを抜け、ロンダルキアの大地をふみしめた感動は、本当に今でも覚えています(その感動もブリザードザラキで一瞬で絶望にかわるのですが)。ここまでゲームで苦しみ、またそれを乗り越えたよろこびを味わえたこともないかもしれないな、というのが、ぼくにとってのドラクエ2だったりします。

 

 はかぶさのけん、作りましたよ。

 

 ☆

 

 <ドラゴンクエスト3

「思い出深いドラクエ

 

さて、2から端的に行くとか言っときながらすでにテキスト量が尋常ではなくなってきたので、ちょろちょろぱっぱと行きたい。でも思い出がそれをゆるしてくれない・・・たすけて・・・

 

はい、ゴタクを並べるなら先に進みます。3は、ストーリー、システム、音楽、ゲームバランス、全部が最高だと思っていて、特に音楽、いまだに「おおぞらをとぶ」「勇者の挑戦」「そして伝説へ」あたりを聞くと涙がちょちょぎれるくらいには想い入れ強すぎて客観的な感想とかを言えないくらいには好きです。おっさんはみんな3が好きなんですよ、うん。ぼくJKだからわかんにゃいけど。

 

ちなみに発売日は平日だったため、ぼくは深夜24時~6時までおもちゃ屋の前に並びました。前から3人目でした。6時におじいちゃんとバトンタッチをし、ぼくは学校に行きました。帰宅したら居間に置いてあるおもちゃ屋の袋、あれをみた時の感動ったらなかったなぁ。そんなこともあり思い出補正がヤバイのです。

 

ここまでおじいちゃん皆勤賞。

おじいちゃん神。

 

 ☆

 

ドラゴンクエスト4

「人気者になったドラクエ

 

4が発売される頃には、学校でもぼくのドラクエ好きがある程周知されており、発売前から「買うんでしょ?」「買ったらちょっとやらせて」など言われていました。そんな周囲の期待にこたえるべく、こぶた少年は本気を出してしまい、考えられるだけのおもちゃ屋を全てまわり発売前に5つの予約を確保するという、とても少年らしからぬえげつない行動をとりました。

 

その5つは誰に分配したのかは覚えていませんが、そのうち1人は担任の教師で、発売日に先生がぼくの自宅まで迎えに来て、車で一緒に買いに行ったという、ちょっとアレな体験をしました。休み明けに先生と、どこまで進んだ?など話をしたことも覚えていますし、どこのクラスにもいるジャイアンが突然家に電話をかけてきて、「ちょっとこの洞窟がわからないんだけど教えて・・・」とぼくに助けを求めてきたおもしろエピソードもありました。それきっかけで、そのジャイアンと仲良しになり、ぼくはヤンキーとオタッキー両方のグループに属する稀有な存在となりました。

 

そんな感じだったので、気付いたらなんとなくチヤホヤされていましたね。子供のヒエラルキーなんて、そんなくだらないことで簡単にひっくりかえるものです。うひょるん♪

 

音楽は「ジプシーダンス」は当時からめっちゃ好きでした。10で使用された際は本当に驚いて、嬉しくて、「うひょういいぃぁああがあああ!?」と、謎の感嘆詞がもれました。そんでもって、ちょっと泣けた。

 

マーニャのふんどしに思いを馳せた思春期でした。

 

 

ドラゴンクエスト5

「やりこみをしたドラクエ

 

ああもう、テキストが(以下略) 

今度こそ端的に!(笑)

はじめてやりこみをしたドラクエでした。はぐめたを3匹仲間にしたり、スライム1匹でエスタークを倒したり、ほぼレベル99まで上げたんじゃないかな。うろ覚えですが。ここらへんのやりこみ魂は、現在旅芸人だけでどこまで行けるかなどの行動に受け継がれているのかなーと思います。5は何度も周回プレイしているのですが、フローラは1回しか選びませんでした。というか、選べませんでした。フローラを選んだあと、ビアンカを尋ねた時の、あのなんとも言えないさみしさに耐えられません。

 

余談ですが、DSリメイクのラスボス戦で、主人公とオークス以外死亡し、敗戦濃厚だったのですが、オークスがピエールを生き返らせ、次のターンでオークスが死亡、生き返ったピエールが次の一撃でとどめを刺すというドラマがあり、「オークスゥゥゥーー!!」と、涙しました。いや、本当に泣きました。

 

こんなふうに、物語に組み込まれていない出来事にドラマを感じ、物語を想像し、心が動くのも、ぼくにとってドラクエの魅力なのです。 

 

デボラ・・・知らない娘ですね。

 

 ☆

 

ドラゴンクエスト6

ドラクエっぽいドラクエ

 

6が出た当初はゲーム自体から離れていて、「とりあえずドラクエだからやっとくかー」。くらいの気持ちで手に取りました。正直な感想を言うと、「ゲームバランスがよろしくないなあ・・・惜しいなあ・・・」という気持ちが先行していたことを覚えています。というのも、神特技が多く、呪文が全く空気になってしまっているのと、テリーがもったいぶりすぎたくせに、仲間にしたら「・・・馬車いこっか」となってしまうのがね。

 

それと、「マジックバリア」のネーミングに、ズコーーーッ!となったのはぼくだけではあるまい。おいおいなんだよ英語かよFFかよ名前長いよ。ドラクエなら「マホ」じゃないの・・・堀井さん悪いもんでも食ったのかな・・・なんて、ちょっと心配になったくらいにはマジックバリアのネーミングはアレでした。

 

ストーリーも、最初は天空編の完結編と銘打っているわりには、物語がキッチリ説明されておらず消化不良でしたが、ふと思ったのです。

「キッチリ説明されていないストーリーなんて、1から同じじゃないか」

前作の5がわりとキッチリまとまりすぎていたのと、時代背景として、この頃はFFはじめ、主人公とまわりのキャラクターがしっかりと人格を持ち、物語もキッチリわかりやすく完結するRPGが多かったと記憶しています(記憶で語っています)。なので、数年に一度発売するドラクエは逆に異端な感じになってしまっていたのかな、と思います(思います)。

 

そんなこんなで最初は違和感だったのですが、プレイしているうちに、ああ、バーバラ・・・そっか・・・ゲント族・・・ルビス様・・・マスタードラゴン?と、想像力をぶひょぶひょと掻き立てる素敵な隙間がたくさんあることに気づきました。やっぱコレがドラクエだし、俺、ドラクエ好きだわ。と、あらためて実感したものです。

 

それでもマジックバリアはゆるさない。

 

 

ドラゴンクエスト7

「とても合っていたドラクエ

 

たしかにクソ長いですし、キーファの種やトラウマ必至のマネキンムービー、鬱展開のストーリー・・・というか、鬱展開だらけなのですが、個人的にはめちゃめちゃ好きです。ペペとリンダのお話などは、昼ドラかよ!とツッコミを入れたくなったりもしますが、修道院の外にあるお墓、アレ、最後の最後に2つになってるんですよね・・・そして崖下にはメモリアリーフが・・・あの演出卑怯すぎ。涙ぼろぼろ涙そうそう

 

それと、石版を集めたり、ショートストーリーをクリアしていくうちに点と点が線になり、線と線が立体になっていくような流れは「自分で組みたたていく感」があって、ぼくにはとても合っていました。キーファ離脱後、その後全く何もないのもいいですね。ヘタにキーファの影がチラチラされると安っぽくなっちゃいますもんね。

 

どとうのひつじ、さいっきょ。

 

 ☆

 

ドラゴンクエスト8

「ああ、これぞドラクエ

 

ぼくはPS2時代のどれもこれもが3Dになっちゃう現象に抵抗があったクチなので、 最初は3Dになったドラクエの画面を見て、「ドラクエ、お前もか・・・」と思ったものです。が、しかし、フタをあけてみると、「俺、いま、めちゃめちゃドラゴンクエストしている!」という気にさせてくれます。むしろ3Dになったことで、1の頃の「こんなふうな景色なんだろうな」「モンスターはこんなふうに襲ってくるんだろうな」「呪文はこんなふうな効果なんだろうな」という少年の妄想が完璧に再現されていて、「ただそこにいるだけで楽しい」があったのです。終始、「ああ、これぞドラクエ」を味わっていました。「おおぞらにたたかう」は最高です。

 

ゼシカはバニーでクリアしました。

こだわりです。 

 

☆ 

 

 <ドラゴンクエスト9

「ふたたび、みんなでドラクエ

 

まさかDSでドラクエのナンバリングが出るとは。携帯機で出ることに関していろいろ一悶着あったみたいですが、ぼくはすんなり受け入れられました。寝ながらプレイの寝落ち上等です。どちらかというと9はクリア後のお楽しみ要素のが熱く、宝の地図やボスの地図に同僚たちとよく潜っていました。おそらくドラクエを誰かと一緒にやったのは、3とか4あたり以来だと思います。今では信じられないでしょうが、昔はどんなゲームでも、たいていリビングのテレビで友人兄弟家族に見守られながら、「そこはホイミだろ」「逃げよう!」「西って左だっけ?」など、あーでもないこーでもないと、わいわいプレイしていたのですよ。

 

すれ違い通信も熱かったですね。まさゆきの地図を求めて秋葉原をうろうろしたり、川崎ロッカーの地図を当日受取に行ったり。すれ違い人数はたしか、余裕で1000人をこえたと記憶しています。

 

ただ惜しい点は冒険の書が1つしかないということでしょうか。周回プレイができないのですよね。ストーリーをもう一度振り返りたいと思ってもソフトをもう一本買わないとできないの残念。ドラクエ10の世界は9との繋がりが微妙に見え隠れしていることもあり、ストーリーだけでももう一度やりたいなあと思っているのですが・・・もう1本購入しても、きっと10のが忙しくてやらないですかね。あっはっは!

 

サンディはわりと好きでしたよ。

 

 ☆

 

最後に。。。

軽い気持ちで「書きます」なーんて宣言しといて、暇を見てちょっと書いてはやめ、書いては消して、消しては書いての繰り返しで、結局1ヶ月以上たっちゃいました。書いていくうちにアレも書きたいコレも書きたいで長文になりすぎて、かなり削ったりもしたんですけど、それでも長文ですねぇ。自分、ドラクエ好きでしたわ(笑)

 

ただ、いつもなんですが、今回はいつも以上に個人的な想い入れや、思い出だけでしかないので、「ドラクエってこんなんじゃないんから!ぷんすこぷんぷん!」なんて意見も、まああるでしょうが、それはそれこれはこれ。これが自分にとってのドラゴンクエストなんです。

 

そして、現在ほぼ毎日ログインしている10についても、ちょいとだけ触れておきますね。ぼくもいつまで10を続けられるかはわかりませんが、10をプレイするにあたり、自分の中にちょっとしたルールがあります。誤解をおそれずに言うと、それは、「ドラゴンクエスト10を肯定する」というものです。


これはドラクエ原理主義みたいな盲目的なものじゃありません。そりゃあぼくにだってちょっとした不満ややりきれない出来事なんかもたくさんあるし、「それら全部を肯定なんてできないよ!」という気持ちもありますが、そんな気持ちも含めてとにかく肯定するって決めています。なので、いまのところ10は、「ドラクエを肯定するドラクエ」になるのかな。うまく言えないのですが。たぶん、10を終える頃、こたえが出るのだと思います。たぶん。

 

ハルさん、きっかけをありがとねー。

 

旅は 楽しまないとだろ?